豆記録物語 つけ麺文具糸ほどき 2026.03.09

名乗りを上げるのをやめることにした。

このブログを商品紹介する形で運用するのをやめるにあたって、どうしてもメタ視点になっているのが気になった。

あえてこれは私の記録として、日常の一部として没入感を大切にしたい。

そう思って名乗りを消した。

読み物とのしての文章を大切にしたいので、お知らせとしておきたい。

ラーメン行脚その2

KeitAと友人と私はもう1件、夜にラーメンを食べに行った。

駅から少し歩いたところにあるこぢんまりとしたお店の中は、清潔感のある白い壁とカウンターがラーメンのシンプルさを引き立たせる。

ここはラーメンもさることながらつけ麺も非常に満足度の高いものになっている。

はじめに器の端に薄く切ったチャーシューをアクセントに、出汁が練り込まれた麺の上に、しらすとミツバを乗せたものが運び込まれる。

はじめに何もつけずに麺としらすだけでいただくのだが、これだけで完結した冷たい麺の味が口に広がり、うっかりつけ汁の存在を忘れてしまう。

思い出したかのようにつけ汁に潜らせて食べると、つけ汁の暖かさを纏った麺とつけ汁の香りが口で弾けていく。

こうなると箸がとまらない。

気分でつけ汁と食べ、何もつけずに食べ、そう繰り返していつの間にかお皿は空になった。

しらすの塩っけも程よいが、ここのチャーシューが対照的に控えめな味でこれが麺を邪魔しないようになっている。

まさに麺を食べにきているのだと思わせるほどのインパクトがあのシンプルな構図に詰まっている。

友人も気に入っていて大盛りを綺麗に平らげていた。

KeitAと私はここを紹介できて鼻高々だった。

文具の調達

ある日の午後。

文具を買い揃えるために百貨店へ行く。

故郷を離れすっかり慣れた足で目的の階まで移動し、目当ての文具を探す。

先日買った絵の技法書で留めておきたい箇所に付箋を貼りたかった。

ココフセン。

これがお目当ての付箋だ。

付箋コーナーに行くと、柔らかな色味が広がっていた。

ココフセンにも色々とサイズがあったが、私は文庫にも貼れる小さなサイズが好みだったのでこちらにした。

それから4月からの自作スケジュール帳ようにロルバーンのノートを手に取る。

ロルバーンのクリーム色のページがしっくりきてからは愛用している。

あとはアイデア出しやジャーナリング用で小さいサイズを手に取りレジに向かった。

新しいものを抱えながらルンルンの足取りで帰路についた。

編み直し

9割できていたニットの長さが気に入らなくて全ての糸を解いた。

もうすぐできるものを全て壊すのは心が水に沈められるようだった。

だが生み出されたものはちゃんと使ってもらうことで満たされる。

解いた糸を丸め直し、一からサイズを見直し編み始める。

中長編みを往復でただあみ進める。

ひたすら編み続けるのが嫌いかと言われるとこれがまた変な話で決して嫌いにはならない。

作品ができる過程が目に見えると作っているという自覚が持てる。

この自覚を感じる時間は何者にも変えがたいほどに無を感じられる。

無というのは最上級のリラクゼーションだ。

凪のように静かな時間が満たされていく。

無とはいわば孤独の世界だけれども、この孤独の心地よさを感じさせてくれるもののひとつが編み物だと思っている。

おわりに

私の活動のほとんどが机で繰り広げられる。

机上の活動というべきだろうか。

机での時間が非常に多いのだから机の活動も心が弾んだり、和やかな気持ちになれるようなそんな場所でありたい。

だが机の上でドラマなんてものは起こらない。

そういう時こそ足を運んで机以外のものは私にとってはいつだって新しい。

どんなに小さくてもいい。

その小ささにも大きな喜びを感じられる人でありたい。

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