「ついでに◯◯しよう。」

この言葉はどうにも悪い意味で目立ってしまう機会が多い。

だが、少なくともわたしにとってはこの「ついで」がずっと活動を支えてきた。

パソコンつけたついでにブログを書くか。

起きたついでにゴミ捨てに行くか。

手帳に描いたついでに勉強するか。

ついでにやるという気楽さに救われている。

最近手帳にやったことログとして記録するようになった。

これもついででやるようになったことのひとつである。

記録を見ると、わたしが思っているよりいろんなことを考えていたり、動いていたりしたことに驚く。

要らぬ責任や重圧を勝手に積み上げて完璧主義に自分を追いやっていき、動けなくなってしまう。

そういうきらいがあるわたしは、「ついで」が持つの気軽さでいいバランスを取れることを最近気がついた。

時と場合によるので、ついでに何かをしようと口に出すのはしないでいる。

でも、動くのが億劫だと思ったら頭のなかで「ついでにやろう」を言いまくっている。

君もついでに世界を救っちゃえばいいじゃないか。